マルコを殺した時のライナーの行動には、賛否色々な意見がある。
前回は、この時のライナーが、戦士として正しかったかどうか検証した。
今回は、ライナーの持つ多重人格という症状に注目して、マルコ殺害時のライナーを考えてみる事にする。

他の漫画では、主人公の側が正義であり、それに敵対する側が悪という、単純な構図になっているものもある。
しかし、「進撃の巨人」では、読者がそのような視点で読む事を、作者が期待・想定していない。

まだ明らかになっていないが、ライベル達の故郷の側にも何らかの正義がある事を前提にしなければならない。
ライナー達のマルコ殺害も、壁内人の視点ではなく、故郷側の視点で考えるべきである。

壁内を攻撃しに来た戦士として見た場合、ライナーの行動に批判される所はない。
前回書いたが、正体がばれるという緊急事態の中で、戦士としての正しい判断を、次々と下していった。

こうした事は分かっているつもりだったが、７７話を読んだ直後は、何故かすっきりしなかった。
決して、仲間だったマルコを殺した事を責める気持ちがあったわけではない。
また、３人がかりで殺すという殺害方法に嫌悪感を持ったわけでもない。
何が原因か分からないが、これまでのライナーとは違うという感覚を持ったのである。

しばらくは理由が分からなかったが、ライナーに対する違和感の原因に、ある時急に気がついた。

マルコ殺害の場面でのライナーには、迷いとか躊躇といったものが一切無いのである。

普通の人間は、頭で何をすべきか分かっていても、心が邪魔する時がある。
前回も書いたが、５８〜５９話の、調査兵団と中央憲兵との戦いでの、ジャンや憲兵の女性兵がそうだった。
ジャンも女性兵士も、銃口は向けたが、引き金はすぐに引けなかった。

ところが、この時のライナーは、頭がフル回転しているのに、心が全く動いていない。
マルコを殺す決断をしても、アニに立体機動装置を外す役を押しつけても、全く罪悪感を感じていない。
罪悪感がないから、迷いがない。迷いがないから、無駄な時間がない。
戦士として何が最善なのか、その事だけに集中して、機械のように、次々と正確な決断を下していった。

このような心が麻痺したライナーは今までになく、これが違和感の理由だった。
訓練兵時代は、もちろん、正義感の強い人物として描かれていた。
戦士としてエレンを連れ去る時も、「一丁前に人らしく悩んだりしてんじゃねぇよ」とエレンに言われていた。

この事に気づくと、次のような仮説を思いついた。

これまでライナーは、戦士の人格と、兵士の人格との二重人格だと考えられてきた。
しかし、今回のライナーの行動を考えると、少なくとも次の３つの人格があったのではないか。

通常人格　　ライナー本来の人格、戦士である事を自覚、頭脳明晰、人一倍正義感・責任感が強い
兵士人格　　壁内の兵士として暮らすために、自分が戦士である事を忘れる
冷酷戦士　　戦士としての過酷な任務に堪えられるよう、感情を麻痺させる

正義感が強いライナーは、訓練兵時代、被害者のエレン達と一緒の生活に、精神的に耐えられなかった。
そこで、自分が戦士である事を忘れた「兵士人格」を生み出す事により、この状況に適応した。

現実の多重人格では、二番目の人格を一度生み出すと、第３・第４の人格が生まれやすくなる。
マルコ殺害時のライナーは、通常人格でも兵士人格でもない、第３の人格だったと考えるとうまく説明できる。

正義感の強いライナーは、３年間一緒に仲間として過ごしたマルコを殺すのが、精神的に耐えられなかった。
そこで、良心や正義感を切り捨てた「冷酷戦士」とでも呼ぶべき人格を作り出した。
或いは、罪のない人を大量に殺すトロスト区襲撃の開始時から、冷酷戦士の人格になっていたのかも知れない。

７７話では、巨人に食われるマルコを見て、「何でマルコが喰われてる」とライナーがつぶやく場面がある。
この時にライナーは、冷酷戦士から通常人格に戻った。

実は、この前にも４２話で、「混乱戦士」とでも呼ぶべきライナーの第４の人格が登場していた。

ウトガルド城でユミルの巨人が殺されそうになるが、駆けつけたハンジ達により無知性の巨人は一掃された。
その後、エレンやライベル達が壁の上に避難してきたが、その時に、次のような会話があった。

エレン　　　大丈夫かライナー？
ライナー　　大丈夫じゃねぇな　巨人に腕を噛み砕かれたんだ　本当にまいった　もうダメかと
　　　　　　（中略）
　　　　　　自分で選んだ道だが　兵士をやるってのはどうも体より先に心が削られるみてぇだ
　　　　　　まぁ　壁を塞がねぇことには　しんどいだのと言ってる暇もねぇか
エレンが　　あぁ　お前らの故郷も遠退いちまうばかりだからな　何とかここで踏み止まらねぇと
ベルトルト　そうだよ　ライナー　故郷だ　帰ろう　もう帰れるじゃないか
　　　　　　今まで苦労してきたことに比べれば後少しのことだよ
ライナー　　・・・　そうか　後もう一息の所まで来ているんだったな
エレン　　　は？　何言ってんだお前ら

この時のベルトルトとライナーのセリフの意味は、次のようなものだったと推測される。

「大丈夫じゃねぇな」から「何とかここで踏み止まらねぇと」までのライナーは、明らかに兵士人格である。
これを見たベルトルトは、ライナーを通常人格に戻そうとした。
しかし、この時点では、自分達が巨人だとばれていないので、「ライナー君は戦士だろ」とは言えない。
そこで、ベルトルトは、直前にエレンが言った「故郷」という言葉を使って、ライナーの人格を戻そうとした。

ベルトルトの言葉で、ライナーは自分達がどのような状況に置かれているか理解し、兵士人格から抜け出した。
ただし「通常人格」ではなく、戦士である事は自覚しているが、正常な判断ができない「混乱戦士」となった。

「後もう一息の所まで来ているんだったな」は、猿の所へエレンを連れて行けばいいという意味である。
混乱状態にあるライナーは、エレンに自分達の正体を明かし、一緒に故郷に来てくれと頼む。
もちろん、エレンが承諾するはずがなく、最後にエレンは言う。
　そんなこと言われてオレが「はい行きます」って頷くわけがねぇだろ

この言葉にはっとなったライナーは、「通常人格」に戻り、正常な判断力を取り戻す。
しかし、この時点では正体がばれてしまっており後戻りできず、一か八か巨人になって勝負を決めようとした。

このように、これまでの作中からは、「通常人格・兵士人格・冷酷戦士・混乱戦士」の４つ人格が確認できる。
それぞれの人格が出現した時期を、時系列でまとめると、次のようになる。

訓練兵の当初は、通常人格だけだったかも知れないが、卒業するまでには、兵士人格が現れたと推測される。
１８話の、長距離走の訓練（試験）で、アルミンの荷物を持ってあげたのは、兵士人格だった可能性が高い。
また、４８話で、いつか皆で酒を飲もうと話した約束が語られており、これは兵士人格でないと無理だろう。

ライベルによるトロスト区襲撃は、訓練兵卒業の直後であり、この時に冷酷戦士が初めて現れたと考えられる。
マルコ殺害の心の傷で、多重人格が始まったという意見もあるが、３年間の訓練兵の期間の方が先である。

「混乱戦士」になったのは、アニ捕獲やラガコ村での事件の翌日であり、トロスト区襲撃の約１ヶ月後である。

ライナーについて考える時は、上の４つの人格全てを合せて評価べきである。
また、多重人格になった原因についても考慮すべきである。

正義感が強すぎるライナーは、戦士である事を忘れた人格を生み出さないと、訓練兵として暮らせなかった。
兵士人格のライナーは、エレンも憧れる理想的な人物として描かれているが、これが真のライナーではない。

それと同様に、冷酷戦士のライナーも、真のライナーではない。
マルコ殺害時のライナーだけを見れば、ライナーを批判したり、嫌いになったりするのも理解できる。
しかしこの時のライナーは、正義感が強すぎる故に、正義感を完全に麻痺させた人格に変わっていた。

理想的すぎる兵士人格。心の痛まない冷酷戦士。エレンが故郷に来てくれると思ってしまう混乱戦士。
そして、これらを生み出す元となった正義感の強い通常人格。
これら全てが、ライナーなのである。